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前頭葉機能不全その先の戦略―Rusk通院プログラムと神経


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前頭葉機能不全その先の戦略―Rusk通院プログラムと神経


【内容】

全人的アプローチによる脳損傷リハビリプログラムの詳細が明らかに
高次脳機能障害の機能回復訓練プログラムであるニューヨーク大学の「Rusk研究所脳損傷通院プログラム」。全人的アプローチを旨とする本プログラムは世界的に著名だが、これまで訓練の詳細は不透明なままであった。本書はプログラムを実体験し、劇的に症状が改善した脳損傷者の家族による治療体験を余すことなく紹介している。脳損傷リハビリテーション医療に携わる全関係者必読の書。

【序文】

Yehuda Ben-Yishay博士の序/監修者の序/はじめに

Yehuda Ben-Yishay博士の序
 過去20年間に,脳外傷を生き延びた人々による多くの本が出版された。これらの本は,その多くが感動的に書かれているが,各人がリハビリテーションの努力を重ねた結果,いかにして次のことを再びできるようになったかについての記録である。それは,日常生活における最適の機能回復,自己を再評価する感覚,対人関係を再構築し維持する能力,再びある程度生産的になる能力,そして自分の人生に新しい意味を見つける力,などである。
 これらの本は成功したリハビリテーションのきわめて個人的な体験談であるが,人生におけるわれわれの経験や,人格を論じる理論家の所説を支持するものである。その所説によると,ストレスにどう対処するか,あるいは人生の後退にどう打ち勝つかに対する許容量は,個人によって大きく異なる。そのため,大きな不運に打ち勝つ(そしてその後,成長すらする)ことに成功する人たちがいる一方で,さほどではないと思われる後退に絶望的に打ちのめされる人たちがいるのである。
 脳外傷後の機能回復の個人的な成功談は,リハビリテーション専門家を勇気づけ,革新的な臨床アプローチや治療技術を発展させることとなった。その目的は,脳損傷により引き起こされた欠損を補う能力を最大限に引き上げるべく,患者の気質や人格の特徴を利用することであった。不足し減損した能力を効果的に補うことにより,患者は自分のコミュニティで再び自己を統合できるようになることを証明した。
 脳損傷者のリハビリテーションへの全人的アプローチに関する主な命題は,次のいくつかのポイントに要約できる。
 1.脳損傷者が社会において最適に機能するためには,構造化された治療プログラムを確立する必要がある。
 2.構造化された活動はやがて患者にとってなじみあるものとなり,そのなじむ感覚が「安心感」を生み出す。
 3.この「安心な」環境においては,「破滅的な」反応(極度の不安の徴候)が起こる可能性は,大きく減少するであろう。
 4.個々の脳損傷者が「安心」と感じると,脳損傷に起因するさまざまな認知上,行動上,そして情動上の問題をいかに補うかに関して,最良のかたちで学べることになろう。
 5.患者が問題をうまく補えば,リハビリテーションの後に,最良の状態で再び機能することができるだろう。
 6.リハビリテーションが成功した人とは,次のような人のことである。自尊心を取り戻した人,社会の生産的一員となるために今できていることに満足感を得られる人,そしてリハビリテーション後の人生を生きる価値があると認められる人である。
 私の知る限りにおいて,本書はこの種の記録として他に例をみないユニークなものである。音楽の分野における大学専門教育者であり,献身的に夫に尽くす1人の妻によって書かれている。彼女は,音楽を教えている大学から1年間のサバティカルを得て,ニューヨークのわれわれの特別なプログラムに入り,夫君に提供された治療に毎日参加した。
 立神教授の夫君は,受傷前はヤマハ株式会社に勤務し,高度な技術をもった立派な専門家であった。その経歴により集中プログラムの恩恵をこうむることができた。彼自身の高い知性と献身的な妻(ホームコーチ)のおかげで,感動的な進歩を成し遂げた。しかし,おそらく今日までの最大の成果は,この素晴らしい夫婦が,互いに満足できる結婚生活を再び確立できたことであろう。
 立神教授は本書を「夫と自分がRusk研究所の特別なプログラムで体験し学んだことを日本の読者に伝えるために書いた」とのことである。 同僚たちと私は,無条件で次のように言うことができる。この非凡な2人は「教え」をとてもよく習得し,その「教え」を日本での日常生活においてもうまく「生かしている」だろうと。
 私の意見では,このユニークな本は多様な読者層に多くを提供している。
 夫婦のどちらかが受傷する前,結婚生活で良いバランスがとれていた多くの夫婦にとって,本書は希望の言葉を運ぶ。そして,新しい結婚生活のバランスをいかにして再確立するかについて,実践的な情報を提供してくれる。当然のことながら,結婚している双方が,順応に必要な気質と資質をもっていなければならない。
 また本書は,さまざまなリハビリテーションの専門家に向けて,自分の仕事をいかに成功させるかに関して多くの有用な情報を提供している。その仕事とは,脳損傷者を治療する,あるいは家庭生活において患者の存在を再統合する*過程にある家族を支援することなどである。
 さらに病院や保健サービスを提供する組織の管理者にとっては,既存のリハビリテーションを補うために何をなすべきかに関して,多くの「ヒント」を提供している。そこには,サービスを提供できる有能な専門家を訓練するのに必要な財源の分配も含まれる。
 そして,臨床でのサービスを評価する人にとって,特定のプログラムの適格性を評価する際,何を見ればよいかということを示した優れた資料になる。
 最後に,この分野における未来の専門家を育てることを仕事とする大学専門教育者にとっては,優れたテキストとして役立つであろう。
 本書が,脳損傷リハビリテーションの分野において,新しい動向に興味がある日本の読者の方々に,多くの情報を提供し,かつ心を奮い立たせるものとして読まれるだろうと,私は確信している。

 2010年8月 New Yorkにて
 ニューヨーク大学教授・臨床リハビリテーション医学
 Rusk研究所脳損傷通院プログラム創始者・所長
 Yehuda Ben-Yishay, Ph. D.


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*〔訳者注〕 reintegrating(再統合する)という言葉には,患者を「再び家族の一員として迎え入れる」という意味のほかに,患者の側にも家族の側にも,「家族というコミュニティにおいて,(1)自分の存在を再構築する,(2)双方のコミュニケーションを再構築する,(3)家庭の中で機能する存在になる」など,さまざまな意味が含まれている。


監修者の序
1.後天性脳損傷者の心象風景
 脳外傷などの後天性脳損傷によって起こる,外見からは障害をもつことがわかりにくい認知・行動・情動の障害は,わが国では「高次脳機能障害」と一括され,行政やメディアを巻き込んで一般に知られる用語になった。
 高次脳機能障害をもつ人々が,日常の生活をどのように感じ,どのような困難に直面しているのか,これは医療者にも理解することが難しい。当事者の立場から体験を語り,この問題の啓発を図った好著としてClaudia Osborn女史の『オーバーマイヘッド』1)がある。Osborn女史は,デトロイトで診療を行っていた有能な内科医であった。しかし1988年7月,交通事故により脳外傷を負い,治癒することのない無気力症,記憶障害,遂行機能障害をもち続けることになった。30代半ばで臨床医としての前途は閉ざされたが,この事実を受け入れるためには,時間と,家族や友人,そして専門家の支援が必要であった。
 受傷から8か月後,New York大学Rusk Instituteで行われている「脳損傷通院プログラム(Brain Injury Day Treatment Program:BIDTP)」(以下,Rusk)に通うようになる。高次脳機能障害ゆえにNew Yorkという大都会に1人で生活することの困難さ,そして失敗エピソードの数々が紹介される。さらに,同様の障害をもつ通院プログラムでの仲間の様子や,障害を代償する対処法を身につけた結果,大学の教職に復帰できた様子などが示されている。
 Osborn女史の本を最初に読んだときの疑問は,いかに受傷前は有能な内科医であったとしても,記憶障害がある人が本当にこのような自伝を書くことができるのだろうか,という点だった。そしてその本のエピローグである「脳外傷を負う前,私は幸せな女性だった。そして,今も私は幸せである」という文章も,今ひとつ共感しにくかった。しかしこうした疑問は,立神氏が書かれた本書を読むことで,謎ではなくなった。

2.Ben-Yishay博士
 Ruskで行われている脳外傷者のための認知訓練や通院プログラムの様子は,その責任者であるL. Diller博士およびY. Ben-Yishay博士の来日によってわが国のリハビリテーション医学界には比較的早くから紹介されていた。1988年,大川嗣雄氏が会長であった第24回日本リハビリテーション医学会学術集会にDiller博士が招かれ,本書でも述べられている脳損傷者へのさまざまな認知訓練の様子が紹介された。水落(1994年),先崎(1999年)らはNew Yorkを訪れ,Ruskの通院プログラムを見学し,その印象を報告している2,3)。2001年,安藤徳彦氏が会長であった第36回同学術集会には,Ben-Yishay博士が招待されてRuskの通院プログラムについて講演をされた。たまたま筆者は,お2人の先生と懇談する機会を得ていたが,正直なところNew York大学で行われていることの実体を理解するには至らなかった。
 Ben-Yishay博士には,リハビリテーション関連誌への解説記事執筆をお願いし,筆者が翻訳させていただいた4)。これには博士の業績となる論文類も紹介されていたが,通院プログラムの理念はともかく,具体的な内容を理解することはできなかった。前述のOsborn女史の自伝でも,このプログラムの内側でどのような治療が行われているのかの詳細は紹介されていない。謎めいたところの多い通院プログラムの内容は,少しずつ小澤氏と立神氏を通して教えていただき5,6),さらに本書を監修させていただく機会を得て,やっとその全体像を知ることができたと思っている。

3.小澤富士夫氏のこと
 小澤富士夫氏は,楽器に関する高度な専門技能をもち,欧州を舞台に高名な演奏家たちとの仕事に従事されていた。彼は,2001年10月に発症した右椎骨動脈解離性動脈瘤破裂のあと,重度の神経疲労と無気力症をもつことになった。奥様であり,本書の執筆者である立神粧子氏は,米国で音楽芸術博士号を取得され,またご主人と長期滞欧されるなど20年以上にわたる欧米の言語や文化に接した経験をおもちの方である。立神粧子氏が,本書の第6章[3]で詳細に説明されているように,小澤氏の急性期は生命の危機が宣告されるほどの重症であった。一般状態が安定した後,小澤氏は,筆者が勤務する神奈川リハビリテーション病院の入院機能訓練を受け,さらに外来で行っているグループ治療も受けられた。しかし小澤氏は,話をしていた数分後に眠り込んでしまう特異な病態を呈していて,私どもの治療は「歯が立たなかった」。ご主人の発病がきっかけで始まった立神粧子氏のストレスや将来に対する不安は,私どもが行う治療では解消されることがなく,私どもは彼女の信頼の大半を失ってしまったと感じている。
 小澤氏の神経疲労は,さしものRuskでも語り草になるほど(第3章[5])であったとのことだが,的確な治療によって症状は劇的に改善された。この回復ぶりは,Ben-Yishay博士も認めてくれたとのことだが〔第1章[2]-2-3)〕,私どもの病院のスタッフにとっても驚きであった。夫妻は,2004年2月~2005年2月までの1年間,Rusk通院プログラムに参加された。訓練途中で一時帰国されたとき夫妻は,私どもにRuskでの治療の様子を説明して下さったが,その折の小澤氏は別人のようであり,さらに1年間の治療を終えて,再び私どもの前に立たれたときは,さらに生き生きとされていて,ご自分から積極的に発言されるまでの良い状態になっていた。小澤氏の症状改善を目の当たりにし,Ruskでは,私どもの病院がなし得ない支援を行っているのだと実感した。

4.Ruskの通院プログラム
 本書をお読みいただければわかることではあるが,Ruskの通院プログラムの概要について,本書から拾い上げた要点などをもとに,いくつかお示しする。
 Ruskのプログラムは,Ben-Yishay博士が師事したKurt Goldstein博士の唱えた「全人的治療」を発展させたものらしい。すなわち,“脳損傷後の障害をもつ人々であっても,健康あるいは幸福という感覚をもって生活することが可能になる。しかしそのためには,生活環境の構造化などを行って,患者の生活のある部分を制限することが必要になる。治療者の役割は,そのような制限がある生活だとしても受け入れる価値があると思えるように,適切な支援を行うことである”,としている(第2章[1]-1)。
 この理念に基づき通院プログラムは1978年に創設され,その時々の知見を織り込みながら発展してきた。そして現在も,より良い方向へ改善させる努力が続けられている。
 このプログラムの特徴は,(1)患者へ多種類の介入が行われるが,それぞれの優先順位と時系列的な介入方法を規定したこと,(2)同種の障害をもつ患者と家族およびスタッフを治療共同体としたこと,(3)集中的な治療段階から機能的応用段階へ移行することを意図した治療的環境を整えたことである。また介入の目的は,特定の障害の改善のみに着目した代償的治療を行うのではなく,患者が障害を受容できるように援助し,将来に対する希望の感覚を与え,志気を高め,起きてしまった災難に適応する方法を教え,社会生活を送るうえで必要な判断力を高める訓練などを同時に行うことである。
 治療対象は,脳外傷だけではなく,脳血管障害などにより障害をもつに至った人も含まれる。しかし訓練の適応があるかどうかは,神経心理学的検査や試験的にプログラムへ参加したときの本人や他の訓練生の反応,家族が参加できるか,などいくつかの要素を勘案しながら,最終的にはBen-Yishay博士が面接をして決めている。
 Ben-Yishay博士は,従来の脳外傷リハビリテーション治療法に明確な効果が示されなかったとしたら,異なる特徴をもつ障害者を,後天性脳損傷という共通項だけで同じように対処してきたからだと指摘している(第1章[2]-1)。訓練生と家族には,通院プログラムが治療しようとする障害は,「前頭葉の機能不全」であると明確に説明される(第2章[1]-2)。
 通院プログラムの治療は,月曜~木曜の午前10時~15時まで,外来で行われる。連続20週,合計400時間を1サイクル(学期)として,1年間でみると,9月から翌年2月までと,3月から7月までの2サイクルがある。治療スタッフは,Ben-Yishay博士の指導の下,経験を積んだ2名の専任心理士,5名の心理研修生,そして1名の職業カウンセラーが行う。通常,治療を受ける人は12~15名であり,患者とスタッフの比率は2:1である。また家族や特別に支援をしてくれる知人なども,患者とともにこのプログラムへ参加する。
 このプログラムには,世界各地から見学者が訪れていて,前述のようにわが国からの見学者もいる。しかし,プログラムで使われている教材などは持ち出し禁止であり,閉鎖的な印象がある。立神氏もRuskの意向を尊重し,本書の中で使われている資料がどの教材であったかを述べ,本書に発表することについてRuskの許可を得ていることを強調されている。
 このプログラム内で行われていることが適正であるかどうかについて,通常の医学界で行われるような査読者がいる医学誌へ投稿して,peer reviewを受けるといった手続きは,Ruskではあまり尊重されていないように思われる。今回立神氏が,Ben-Yishay博士の信頼を得て,本書でプログラムの全貌を公表するが,これはRuskの歴史の中でも画期的なことと考えて良い。
 外部の専門家のレビューを得ていないことは,このプログラムで行われていることの価値を低くするものではない。現実に神奈川リハビリテーション病院のスタッフは,自分たちが対処できない問題を,Ruskが見事に解決した小澤氏の例を経験している。統計的に有意であるかどうかを根拠として,有用な治療であるかどうかを考える立場もあろうが,そのような方法とは別に,1例1例を大切にして,鍛え上げられたチームが真剣に,熱心に,支援の方策を日々検討するRuskの治療法も,優れた方法と考える。過去に日本人は,小澤氏を含めて3名がRuskで治療を受けている。筆者は,小澤氏を含めこれら3名にお目にかかっているが,わが国の治療では期待できない成果を挙げられたと考えている。

5.独特の治療環境
 ある程度閉鎖された環境で,しかも当事者と家族など,医学的知識をほとんどもたない人々を対象とするために,使われる用語や治療に用いられるツールは,独自のものになっている。Ruskの中だけで通用する文化が形成されていると言ってもよい(第2章[1]-2,3)。
 たとえば前頭葉機能不全に由来する症状について,独特な言い回しがある。一般の医療界においても職種や専門領域が異なると,同じ現象に異なる用語が使われることは一般的であろう。しかし本書で用いられる,神経疲労(易疲労性),抑制困難症(脱抑制),ハエ取り紙症候群(固執・強迫観念),情動の洪水(パニック)などの用語,治療ツールとしての「リンチピン・ポスター」や「神経心理ピラミッド」,障害への対処法としての<確認の技>,<語幹取りの技>などは,Ruskで治療を行い,そこで治療を受ける人々だけに通用する用語であり,文化であろう。
 Ruskで治療を受けられるのは,Ben-Yishay博士の評価で適応があると判断された障害をもち,英語能力が高く,少なくとも1年間,家族の誰かとともにNew Yorkに滞在し,治療や生活に必要な経費を負担できる場合である。
 このプログラムは,言語を介して障害への認識を高め,あるいは問題行動へ対処する方略が指導される。言語とは当然英語である。したがって参加者は,日常会話以上のレベルで英語を使いこなす能力をもっていることが必要である。

6.成功するための条件
 Osborn女史の自伝でも,あるいは本書でも,このプログラムで治療を受けることを中断した例があることが示されている。Ruskでの治療が成功するかどうかは,上に述べた条件だけではなく,本人と家族の側に「良くなりたいという強い願望」があり,Ruskのスタッフの指導に従う「従順性」が必要とされる(第3章[1]-1)。
 プログラムには患者本人だけでなく,家族あるいは関係者の誰か(significant others)の参加が求められる。これはプログラム終了後,日常生活において障害が原因で起こる問題へ,より良く対処するたには家族がコーチ役を務めて継続的に支援することが望ましく,プログラム成功の要因には参加する家族が良いコーチへと養成できるかどうかも重要である。
 小澤氏と立神氏ご夫妻が,Ben-Yishay博士から,すべてを本書に書き表してよいとの許可を得たのは,この2人に恵まれた素養があって,Ruskが目的としているほとんどすべてのことを理解し,身につけることができた事例だったからと思われる。それはご夫妻が音楽家であり,楽器の演奏を修得する過程で,日々弛むことなく練習することがとても大事で,この努力が将来の良いパフォーマンスにつながるということを体験してきた人たちだったからと思われる。Ruskが,これまで,内部で行われていることの公表を拒んできたのは,誤った形で,あるいは中途半端な内容が世の中に伝わって弊害となることを懸念したからとも考えられる。

7.Ruskから得たもの
 小澤氏と立神氏ご夫妻は,このような素養に恵まれていたこともあって,大きな成果を得た。その有様は「第6章 新しい人生」で縷々述べられている。日ごろ,同様の症状をもつ方々へ接している立場からすると,自らの至らなさを気づかせてくれるフレーズがいくつもある。たとえば,小澤氏の症状がRuskの用語を使って神経心理ピラミッドに基づき「神経疲労」と「無気力症」であることをピンポイントで解説されているが,これは立神氏にとっては「それまでの悪夢を見ているような状態が劇的に改善されるほど,衝撃的な経験であった」とのことである。前述したように,私どもはこのような形で立神氏の不安を解消させることができなかった。

8.本書の意義
 さて治療者の立場で,本書をどのように位置づけるかについて考えてみたい。本書は当事者の家族が執筆した「治療体験記」である。医学的立場から治療法を解説した専門書ではない。すでに述べたように,Ruskでの治療法の根拠は,そこで治療を受けた人々が改善されたという事実と,そこで働く献身的なスタッフの間で共有されている知識と技法である。通常の医学書と異なり,本書では,事例として挙げられている訓練生の医学的診断,病歴,画像,神経心理学的検査結果,投薬の有無,帰結に関する統計的数字などは一切示されていない。示されているのはRuskの文化で通用する用語やツール,対処法についてである。
 しかし本書は,日本人の脳損傷者の誰かが,これからRuskで治療を受けるためのガイドブックとして,Ruskの文化を伝えることが目的ではない。通常の医学書とは異なるものの,後天性脳損傷後の認知・行動・情動障害がある人々のリハビリテーションに携わっている専門家であれば,本書は貴重な情報の宝庫のように思われるだろう。
 10年前に米国ではNIH(アメリカ国立衛生研究所)の肝いりで,専門家を集めた会議が行われ,脳外傷リハビリテーションに関する合意が示された。その一部を要約すると,(1)医学的回復アプローチが焦点を合わせる期間は短すぎる。急性期治療の後に,脳外傷患者が適応できる生活環境をつくり出すことも,患者や家族のニーズにこたえるアプローチである。しかし,そのようなアプローチには関心が向けられない。さらに,さまざまなリハビリテーションニーズが患者の一生を通じて生ずるものであることも,ほとんど認識されていない。(2)伝統的な医学的リハビリテーションは,患者と家族とのパートナーシップを育てることに目を向けていない。また臨床家から患者や家族へ提供される情報は不十分なことが多い。このため患者とその家族は,自分たちで問題を理解し解決を図ったり,意思決定をすることができにくくなっている7)。この引用は,従来の脳外傷リハビリテーション治療法の課題を指摘した部分だが,いっぽうでRuskのプログラムを肯定する内容になっている。
 Ciceroneは,脳外傷者への認知リハビリテーションがどのような内容であるべきかについて,MEDLINEで検索した認知リハビリテーション関連の171論文を吟味している。その結果,注意,機能的なコミュニケーション,記憶および遂行機能に焦点を当てるべきであるとしている。本書を一読すると,Ruskの通院プログラムは,Ciceroneが示したガイドラインに沿う内容になっていることを理解できる8)。
 Ciceroneは,脳外傷者の認知および心理社会的行動障害に対する「集中的・包括的・全人的アプローチ(intensive, comprehensive and holistic approach)」の意義について総説を述べている。また,自身が行った2群の統制介入試験の結果を報告している。行ったのは脳外傷者27名に対する「集中的・包括的・全人的アプローチ」と年齢や受傷前の状態について統制した脳外傷者29名に対する「通常の神経リハビリテーションアプローチ」の効果比較である。その結果「集中的・包括的・全人的アプローチ」は,治療開始前は地域社会で機能できなかった脳外傷者に有意な改善があり,特に自身の行動の効率性が良くなったと認識する場合が多かった。評価指標でも社会参加の状態と自覚的な安寧において明確な差があったと述べている9)。
 最後に,本書を読んで解けた疑問は,冒頭で紹介したOsborn女史が,9年間かけて自伝をまとめることができた理由についてである。Osborn女史は,Ruskで指導された「メモ」を取る術を,小澤氏同様に忠実に実行していた人であったのだろう。そして膨大なメモをまとめて著書にするためには,本書でも示されているように,高次脳機能障害者の支援に習熟している専門家の継続的な支援が背後にあったからと思いあたった。
 またOsborn女史の本のエピローグの言葉は,まさに立神氏が本書のエピローグで書かれている「どうもありがとう。そしてこれからも一緒にがんばって,楽しく過ごしましょう」という言葉に重なる。小澤氏と立神氏ご夫妻の場合も,Osborn女史の場合も,Ruskの通院プログラムが究極の目標としている「制限がある現在の生活を,受け入れる価値があると思えるように支援する」ことにRuskが成功した事例であったのだろう。
 脳損傷リハビリテーションが医療を中心とした環境で行われる場合,脳損傷者が損傷後の自分を再構築することの支援を継続することはきわめて難しい。本書をきっかけに,脳損傷者の尊厳を重視するリハビリテーションプログラムがわが国にも出現するとしたら,本書が出版されることの意義はきわめて大きい。

●文献
1)クローディア・オズボーン(著),原田 圭(監訳):オーバーマイヘッド―脳外傷を超えて,新しい私に.クリエイツかもがわ,2006
2)水落和也:アメリカにおける頭部外傷リハビリテーションの現状とニューヨーク大学Head Trauma Programの紹介.総合リハ22:483-489,1994
3)先崎 章,枝久保達夫,新井美弥子:ニューヨーク大学医療センター・ラスク「脳損傷者外来通院治療プログラム」で行われている集団を利用した認知・心理療法.臨床リハ8:559-595,1999
4)Ben-Yishay Y,Diller L,Daniels=Zide E(著),大橋正洋(訳):米国における神経心理学的リハビリテーション.千野直一,ほか(編):高次脳機能障害とリハビリテーション,リハビリテーションMOOK 4,p. 1-7,金原出版,2001
5)立神粧子:「脳損傷者通院プログラム」における前頭葉障害の定義(前編・後編).総合リハ34:487-492,601-604,2006
6)立神粧子:「脳損傷者通院プログラム」における前頭葉障害の補填戦略(前編・後編).総合リハ34:1000-1005,1106-1110,2006
7)NIH Consensus Development Panel on Rehabilitation of Persons with Traumatic Brain Injury:Rehabilitation of Persons with Traumatic Brain Injury〔道免和久(訳):脳外傷患者のリハビリテーション.JAMA(日本語版)3月号,p. 79-90,2001〕
8)Cicerone KD, Dahlberg C, Kalmar K, et al:Evidence-based cognitive rehabilitation:recommendations for clinical practice. Arch Phys Med Rehabil 81:1596-1615, 2000
9)Cicerone KD, Mott T, Azulay J, et al:Community integration and satisfaction with functioning after intensive cognitive rehabilitation for traumatic brain injury. Arch Phys Med Rehabil 85:943-950, 2004

 神奈川リハビリテーション病院リハビリテーション局長
 大橋正洋


はじめに
 “Hello, this is Dr. Ben-Yishay.” ニューヨーク在住の親友の会議電話から試しにかけてみた電話の声の主は,強いヘブライ訛りをもつBen-Yishay博士その人だった。
 「49歳? あきらめるには若すぎる」。Ben-Yishay博士の力強いひと言は,まさにあきらめと絶望の中にいた筆者の心を大きく動かした。このときの博士との会話が本書の執筆に至る,夫と筆者とRuskとの深いかかわりの始まりである。

 2006年,『総合リハビリテーション』誌(5,6,10,11月号)(医学書院)において,Rusk研究所脳損傷通院プログラム(以下,Rusk通院プログラム)での治療体験の一部を紹介させていただいた。Rusk通院プログラムは脳損傷者とその家族の「自己の再構築」を最終ゴールとし,訓練のすべてが周到に関係づけられ,日常生活とともに構造化される。Ruskの哲学に裏うちされた訓練の詳細はこれまで公表されたことはない。それはRuskとの契約のためである。
 Rusk通院プログラムに参加する人は皆,「訓練の詳細や資料をプログラムの外で公表しない」という契約書にサインする。公表にあたっては,どのようなことでもRuskからの許可が必要である。本書で扱うすべての資料について,Ben-Yishay博士から掲載の許可をいただいた。その他の情報は訓練時の筆者のノートからまとめたもので,すべて体験と事実に基づいているが,これを公表することもRuskの許可が必要であった。博士の序文を含めて,英語の資料の日本語訳はすべて筆者による。

 Rusk通院プログラムにおける全人的神経心理療法の哲学と実践を紹介することで,この領域にかかわるすべての人の役に立つことができればと,夫と筆者は心より願っている。

 2010年10月
 立神粧子
【目次】

Yehuda Ben-Yishay博士の序
 Daniels=Zide博士からの親書
 監修者の序
 はじめに

第1章 Rusk脳損傷通院プログラムの概要
 1 背景
 2 通院プログラムの構成
 3 各セッション
第2章 神経心理ピラミッド
 1 神経心理ピラミッドと前頭葉機能不全
 2 前頭葉機能不全による欠損の定義
 3 前頭葉機能不全への対処
 4 機能欠損への補填戦略
 5 神経心理ピラミッドと治療的介入
第3章 体験から見えた通院プログラムの詳細
 1 オリエンテーション
 2 対人セッション
 3 認知訓練の実際
 4 コミュニティ(交流)・セッション
 5 自宅で行う訓練
 6 通院プログラムから実社会へ
第4章 心のケア
 1 個人カウンセリング
 2 家族セッション
第5章 全人的プログラムの到達点
 1 自己受容と自己同一性
 2 尊厳の確立
第6章 新しい人生
 1 価値観の転換
 2 山登りのためのツール
 3 時間の経過の中で

 参考資料

 和文索引
 欧文索引


索引

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子どもと若者のための認知行動療法実践セミナー―上手に考え、気分はスッキリ

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子どもと若者のための認知行動療法実践セミナー―上手に考え、気分はスッキリ


【内容】

好評の『子どもと若者のための認知行動療法ワークブック』『子どもと若者のための認知行動療法ガイドブック』(金剛出版)が、もっとわかりやすく・使いやすくなるためのシリーズ続篇。ポール・スタラードを迎えたセミナーをもとに、思春期・青年期に認知行動療法を試行するためのヒントや工夫がつまった、認知行動療法を学ぼうとする初学者にも、技術に磨きをかけたいベテランにもおすすめの一冊。

【目次】

第1部 レクチャーLecture―子どもと若者のための認知行動療法とは何かを知る(認知行動療法の成り立ち
認知行動療法の原則 ほか)
第2部 ワークショップWorshop―子どもと若者のために認知行動療法を使いこなす(子どもと若者のための認知行動療法の基本モデル
認知行動療法の効果研究 ほか)
第3部 ケース・カンファレンスCase Conference―子どもと若者のための認知行動療法の実際(不安障害の子どもと若者のための認知行動療法
ケース・カンファレンス1―心理相談室で強迫性障害に対応する ほか)
第4部 心理教育プログラムPsychoeducation Program―授業において認知行動療法を活用する(オリエンテーションおよび気持ち1
気持ち2「気持ちに触れ、表現してみよう!」 ほか)




索引

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認知リハビリテーション〈2010〉

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認知リハビリテーション〈2010〉

【目次】

特別寄稿 BMIが拓くリハビリテーションの新たな可能性
原著(高次脳機能障害症例に対するグループ訓練;脳炎後に重度健忘を呈した症例の回復過程―とくに病識欠如と自発性低下の改善について)
第19回認知リハビリテーション研究会プログラム
プロシーディング(社会的行動障害を有する患者に対するアイオワ・ギャンブリング課題の実施について;リハビリ医療における認知機能スクリーニングについて―時計描画検査(CDT)を中心に
失語の言語能力の改善について―その2―Z得点化したSLTAの実用とその限界
左半側空間無視患者に対する全般性注意訓練の有用性についての検討
両手の失書を中心に脳梁離断症候群を呈した脳梗塞の1例―両手失書の発現機序に関する考察
頭部外傷後、解離性健忘と失声を呈し、失声のみが回復した1例)


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〈神経心理学コレクション〉認知症の「みかた」

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〈神経心理学コレクション〉認知症の「みかた」
【内容】
認知症をどう捉え、どう診るか。精神科医と神経内科医が議論する。
高齢化社会のなか、神経心理学において認知症は重要性が増し続けているテーマである。認知症について、疾患概念をどう捉えるか、臨床でどう診るか、患者とのかかわりをどう考えるか。それらの問題を、認知症に関する神経心理学的アプローチや脳機能に通じた精神科医と神経内科医のディスカッションによりみつめ直し、認知症の臨床のこれからを考える。認知症の「みかた」を変える1冊。

【序文】
本書は山鳥 重先生,河村 満先生と私の3人で行った鼎談をもとに再構成したものである。本書の冒頭でもその経緯について触れているくだりがあるが,もともとこの話は「神経心理学コレクション」の企画にも携わっておられた故・田邉敬貴先生から,先生と私の対談形式で行う形でいただいた。この企画の草案を最初に田邉先生から伺ったのはたしか先生が会長を務められた2003年の第27回日本神経心理学会総会のときであったと記憶している。この総会では,ちょうど先生の親しい友人であるブルース・ミラー教授が“Behavioral Neurology in Dementia”と題する特別講演をされたところでもあったが,同様の内容について,田邉先生と私とで自由に話し合うという主旨であった。当然,私が聞き役であって,当時,「ピック病」を中心に次々とお仕事を発表されていた田邉先生から,認知症のbehaviorについての真髄を引き出そうと考えていた。
 この第27回日本神経心理学会総会について,私が『臨床精神医学』(第33巻14号)に書いた学会印象記を田邉先生はことのほか喜んでくださり,対談も楽しみにしてくださっていた。今,あらためてこの印象記を読み返してみても,道後温泉の懇親会でしきりと扇子を使う風呂あがりの先生の姿が鮮明に思い出される。秋晴れに映える松山城から見た雲とともに。その田邉先生は急逝されてしまった。私は田邉先生の弟子ではなかったし,事情はまったく違うのであるが,どうしても懇親会で大橋博司先生の思い出を語っては涙していた先生の姿が思い出されるのである。もはや実現不可能になってしまったが,この対談企画は何か遺された宿題のような感じになっていた。その気持ちはおそらく田邉先生の盟友であった医学書院の樋口 覚氏も同様だったのではないかと推測している。ある日,樋口氏から,この対談を山鳥先生,河村先生との鼎談という形で復活してはというご提案をいただいた。私にとってはもとより望外のことである。
 私は1992年に本書の中でもたびたび出てくるボストンのマーティン・アルバート教授のもとに留学したが,その際,山鳥先生に推薦状を書いていただいている。当時,私はまだ山鳥先生とほとんどおつきあいがなかったが,山鳥先生ご自身,私の推薦状の中で「この先生のことはまだよく知らない,でもこれから知るようになるだろう」といった趣旨のことをお書きになった。先生は正直な方である。このような知っていることは知っている,知らないことは知らないとする態度は,おそらく先生の臨床神経心理学的診察の姿勢にも通じるだろうと勝手に想像している。このような先生に,『神経心理学入門』 (医学書院)の中ではあえて取り上げなかった「痴呆」(認知症)について,ぜひ本音をうかがってみたいと常々考えていた。この鼎談を通じて,日本の神経心理学をリードする山鳥先生,河村先生というお二人の古今東西にわたる該博な知識に触れるとともに,患者さんを見守る暖かいまなざしを垣間見ることができたのは,私にとって大変幸せなことであった。
 本書が日の目を見たのは,医学書院の方々の不断の力添えのおかげである。心から御礼申し上げる。本来,この本はもっと早く完成させ,田邉先生にもご報告したいと思っていた。しかし,筆者の怠慢により,ずいぶんと時間が経ってしまった。謹んで田邉先生の墓前に供したい。

 秋晴れの 城山を見て まづ嬉し   今井つる女(高浜虚子の姪)

 2009年9月
 三村 將

【目次】
第1章 疾患概念をみる
 個別性をみる-神経心理学と診断基準
 『神経心理学入門』刊行当時と認知症
 CBD(大脳皮質基底核変性症)
 システム障害としての認知症
 認知症をどう定義するか
 executive function(実行機能)
 局在論と認知症-どこが「大事」か?

第2章 中核症状をみる
 記憶障害を考える
 軽度認知障害(MCI)
 意味記憶の障害(意味性認知症)
 記憶障害の病変部位
 言語障害を考える
 発達性サヴァン
 失行と失認

第3章 周辺症状をみる
 物盗られ妄想
 カプグラ症候群
 幻の同居人
 作話
 病識-病態失認
 うつ

第4章 患者へのかかわりをみる
 認知症の告知
 認知症のケア
 鼎談のおわりに-田邉先生のこと

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【目次】
1.高次機能障害とは
2.記憶の障害
3.注意の障害
4.遂行機能障害
5.社会的行動障害
6.コミュニケーションの障害
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